モダニズムの建築の様式を、インターナショナル・スタイルと呼ぶとき、あの「インターナショナル」の歌声がどこか遠くではあったにしても、確かにこだましていたのは争えない事実です。
しかし、現実には、ソビエト連邦政府は、モダニズムのなかでも先端を走っていた「ロシア構成主義」を非人民的として指弾し・・・
建築をはじめあらゆる表現領域において、「社会主義リアリズム」を推奨し、モダニストたちを大いにたじろがせました。
アメリカのように国是で共産主義を排除している国と異なり・・・
戦後の日本のように建前上は共産主義・社会主義まで含めた形で言論の自由を保障している国では、モダニズムを奉じることが知識層の証だとする建築家たちの間で相当な混乱を引き起こしました。
モスクワの地下鉄をそれがモスクワにあるというだけの理由で人民のデザインと褒め上げて社会主義リアリズムを容認したり、キューバに出かけて社会主義国家建設の風景に感動したりと・・・
今日の視点からすれば信じられないような行動をとっています。
著名なある建築家は、学生時代の1950年代にソ連で工業化された住宅(プレファブリケーション)のありかたに接し、その後の半生における建築の思考の礎を構築したりもしています。